藤原道長が光源氏のモデルとも言われる源融から譲り受けた別荘「宇治殿」を、平安後期の永承7年(1052)に道長の子である頼通が寺に改め開創した。左右に翼廊を伸ばした形が、鳳凰が羽を広げた姿に見えることから、鳳凰堂と呼び親しまれる。阿弥陀堂は、天喜元年(1053)建立された。
醍醐寺塔頭。特別名勝の庭園は、豊臣秀吉が1300人を従えて催した花見に際し、庭奉行に命じて築庭させたもの。徘徊して楽しむ回遊式庭園でありながら、建物の中からも四季の自然美を観賞できるようになっている。庭には滝や島、橋など見どころも多い。
天台宗の門跡寺院。大宝3年(703)に創建され、延暦年間(782〜785)に伝教大師作の毘沙門天を安置したことから毘沙門堂と呼び親しまれた。慶長16年(1611)に後陽成天皇の勅命で天海僧正と高弟公海が再興した。
商売繁盛、五穀豊穣の神として有名で、初詣では全国でも屈指の人出を誇る。大鳥居を入って次にある楼門は、天正17年(1589)に豊臣秀吉が寄進したもの。本殿背後から稲荷山頂にかけては、色鮮やかな朱塗りの千本鳥居がトンネルのように立ち並び、その眺めは圧巻。
天長年間(824〜834)に弘法大師が結んだ草庵が寺の始まり。皇室との関係が深いことから御寺とも呼ばれ、四脚大門には御所から移築された「東山」と書かれた扁額が掲げられている。観音堂には香木で造らせたという、世界三大美女の楊貴妃観音坐像が鎮座。それゆえ、絵馬には美しくなりたいという願い事も多いとか。
古代にこの地域を支配していた、加茂一族の氏神を祀ったことがはじまりの京都屈指の古社。正しくは賀茂別雷神社と言い、玉依姫命と火雷神から生まれた別雷命が祭神。京に都が遷された後には、鬼門を守る国家鎮護神として伊勢神宮に次ぐ格が与えられた。平成6年には、世界文化遺産として登録された。
正式には賀茂御祖神社。国宝の本殿に玉依姫命と賀茂建角身命の二神を祀る。「山城国風土記」に玉依姫命が鴨川でみそぎをしている時に上流から流れてきた丹塗りの矢を拾ったところ、矢は美しい男神になり、二人は結婚して子を産んだとの神話があり、その子の賀茂別雷命は上賀茂神社の祭神として祀られている。平安時代には京都の守護神として、皇室の崇敬を受け斎王が置かれ、21年ごとに神の住まいの改築をする式年遷宮が行われた。
大徳寺塔頭。天文4年(1535)、キリシタン大名の大友宗麟が創建。方丈は表門、唐門とともに、室町時代の禅宗方丈建築の構築をとどめ、重要文化財に指定されている。方丈裏には、開祖である宗麟が晩年、キリスト教を保護し、フランシスコ・ザビエルから洗礼を受けたことから、灯籠を中心に縦4個、横3個の十字架に石を組んだ閑眠庭が築かれている。方丈前の独坐庭は瑞峯をテーマにした蓬莱山式庭園で、蓬莱山岳や半島、打ち寄せる荒波を表している。